犬に優しく。
文とイラスト:B-Paws 中沢俊恵,CPDT-KA
例えば、お豆腐屋さんの車がラッパ音を響かせて家の近くを通ると、私の愛犬はそれに呼応するかのように調子外れの音程で遠吠えをしました。なんだか下手くそな遠吠えだなとクスクスと笑いながら私は、愛犬のその様子を見る度に「この子の耳には、このお豆腐屋さんのラッパ音はどのようなメッセージを含む音に聞こえているのだろうか?」と考えを巡らせたものです。
それならば試しにと私も遠吠えの真似事をしてみると、愛犬は必ず、何時何処に居ても慌てた様子で私のもとへすっ飛んできて私の口元を激しく舐め上げてくれました。それはまるで「どうしたの!?大丈夫!もう大丈夫だからね!」と私を励ますような激しさでした。何度試しても間違いなく私の遠吠えは、なにやら愛犬を慌てさせ呼び戻す効果がありました。私の遠吠えは愛犬の耳にはどのようなメッセージとして届いていたのでしょうか・・・。
また或る時には、パピーが鼻をキューンキューンと鳴らす音を真似をすると、遠吠えとは違う表情ですっ飛んできては、やはり私の口元をベロベロと舐め上げてくれました。鼻を鳴らす音は歴代の愛犬たちのいずれもが同じ対応をしてくれました。
同様に、仲良しの犬たちの前で鼻を鳴らすと、やはり飛んできて私の口元を舐めてくれる犬達が多くいます。つい先日も他の犬の前でやると、その犬も私の口元に優しくキスしてその場に留まっていてくれました。・・・口元をヨダレまみれにされながら私が思うのは、「犬はなんて優しいのだろうか!」と云うこと。
犬が鼻をキュンキュンと鳴らす状況は、喜びの興奮の最中でも似たような音が鳴る場合もありますが、大抵の場合は犬が寂しさや悲しみ・不安を訴えているような場面です。パピーがひとりきりにされたとき、どこかに閉じ込められたとき、置いていかれたり離れ離れにされたとき等に寂し気に鼻を鳴らします。激しさを持って、泣き叫ぶような声をあげることも。
しかし、そのような場面で犬達が不安や寂しさを訴えても多くの人は犬に“静か”であるように求めます。泣き叫ばずに静かにしていなさい、と。
なぜ、そんな冷たい対応を取らねばならないのでしょうか?
動物の赤ちゃんが独りになることは危険です。自分がはぐれてしまったことを訴えるのは当然です。そうすることによって、親が赤ちゃんを見つけて、安全が守られるのですから。それ以外にも不安を感じたりするのも当然のことと言えるはずです。成犬であったとしても、イエイヌは幼さを残している動物ですから、成犬になってもそのような行動があってもなんら不思議はありませんし。
鳴いている私をどうにかしてあげようといわんばかりの行動をあれこれしてくれる優しい犬達に、どうして私たちは同じように犬に対して優しさを返してあげないのでしょうか。優しさをもってして、最優先で安心の提供をしてあげるべきではないのでしょうか。
ヴィベケのセミナーに参加したときに、「犬が鳴いている(泣いている)のを放っておいてはならない」と言っているのを聞いて、心底ホッとしました。ましてや悲痛な声で鳴く犬を放置するべきではないと。私たちの手によって、犬にそのような声をあげさせてはならないとも。
従来の犬のしつけ方法では、例えばサークルの中でパピーが鳴いていても放っておくべきだとされていました。それを構ってしまえば我儘な犬に育ってしまうと言われてきました。放っておくどころか、恐ろしい音で脅かす等して静かにさせるべきということも。
私はどうしてもそれに賛同できません。犬が私たちに優しくしてくれるのに、どうして私たちは犬が不安や悲しみを訴えているのを放置しなければならないのか。
甘やかしはときに不健康ですが、甘やかしと優しさは別物です。優しさは惜しむべきものではないはずです。
留守番ができない犬・飼い主と離れられない犬の問題は非常に不健康な問題ですが、それとこれとは別問題です。
離れることに対して大きな不安があり鳴き叫ぶ犬を「うるさい」と思う人は少なくないかもしれませんが、犬の叫びが全力であるほど私はいたたまれない気持ちになってしまいます。鳴くことすらできずに落ち込む犬達の姿も。そんな犬達に「静かにしていなさい」「良い子でいなさい」と求める前に、私たちはまず犬に対してもっと優しくあるべきなのではないでしょうか。犬の優しさに甘えて我儘になっているのは私たちの方なのかもしれません。
2019年、犬の笑顔がもっと増えますように。
それでは皆様、良いお年をお迎えくださいませ!
B-Paws中沢俊恵,CPDT-KA