なぜ犬を飼いたいの?

コラム その他 2018年8月22日 

文:B-Paws 中沢俊恵 CPDT-KA

私事ですが、愛犬が1頭もいない生活が始まって1年が経過しました。
幼少時代からずっと犬の居る生活を送ってきた私にとっては、とても不思議な時間です。

 

幼少時代に犬を飼うことになったのは、私が「犬を飼いたい」と駄々をこねたことが始まりでした。どうして犬が欲しいのかと尋ねられれば「犬が好きだから」と答えていたことでしょう。
そんな私も大人になり、今もし「なぜ犬を飼いたいの?」と尋ねられたなら、自分はどう答えるのだろうとふと考えました。

 

みなさんは何故、犬を飼ったのですか?あるいは何故、犬を飼いたいのですか?
犬が好きだから、犬とスポーツしたいから、犬と〇〇したいから等々回答も様々でしょう。
なかには、飼うつもりはなかったのだけど~と云う場合もあるかもしれません。

 
犬を飼うと、犬に何かをさせたがる人は少なくありませんが、私自身は犬に何かを正確に教え込むよりも犬が“犬”と云うひとつの生命として自由に健やかに生きていくことができるように犬を“育てる”ことが重要だと考えています。最優先されるべきは犬の心身が健康に育つことだと。

決まった時間に食事を与え、決まった時間に散歩に連れ出すだけでは中々そうは育ちません。身体も成長するように、心も成長します。身体に栄養が必要なように、心にも栄養が必要ですし、犬は生まれながらにして好奇心と社会性を持ち合わせていますので、そこを十分に満たしてあげる必要があるのです。

そして、犬は自由な動物です。散歩のときのリードは必須ですが、そういった意味での自由不自由ではなく、自らの行動を選択する自由を持っているという意味です。

人間社会で暮らしている以上、どうしたって自由にならないこともあるのは事実ですが、だからといって仕方のないことだと思い込んでしまうのでは、犬があまりにも気の毒です。

散歩でどちらの道へ進むのか、道端で遭遇した何かを回避するのかチェックするのか、どの部屋でゆっくりするのか、どの寝床で眠るのか、家族の近くでひとり遊びをするのか隣の部屋でひとりで横になるのか、来客がきたら他の部屋でひっそり過ごすのかパーティに混じるのか、喉が渇いたときに飲みたい分だけ水を飲むとか、排泄したくなったらすぐ排泄ができるとか、日常の中に犬が得られる選択肢はたくさんあるはずなのです。

ここにいなさい、ああしなさい、こうでありなさい、決められたときに与えたことしかしてはなりません!・・・それではあまりにも不自由です。

 

私はRPTMのブロンズ3までしか修了していませんが、そこまでの講義でヴィベケも犬に選択肢を与えることの重要性を伝えてくれていました。

「いつでも新鮮な水があることを欠かしてはならない」
そう言っていたヴィベケの強い眼差しも思い出します。

水が飲めるなんて当たり前と思う人もいるかもしれませんが、必ずしもそうとは限らなかったりします・・・。“新鮮な水”です。
いつでも新鮮な水が飲めると云うのも、立派な選択肢のひとつであろうと私は感じています。
 

 

如何なる理由で犬を迎えようとも、迎えた犬はオモチャでも飾りでもなく、ひとつの生命であり、健やかに育つ権利を持っていることを忘れないでください。

そして、犬を迎えたからにはそれを全うする責任が生じると云うことも。

 
遥か昔、犬の祖先と人の祖先が出会ってからずっと今日までの気の遠くなるような長い年月を、犬と私たちは共に過ごしてきました。
そしてその関係性は時代と共に少しずつ変化したことでしょう。

犬との在り方について、思いを巡らせてしまいます。

 

私はなぜ犬を飼いたいのか?
私は犬と一緒に、当たり前の平和な生活をしたいから。
お互いが居ることが当たり前の幸せな日常の中で時間の流れを大切に過ごしたいから。
ただ単純に、そうして犬と暮らしたいから・・・。

私自身にとって’犬は人生そのものだ’と思い知った、犬なし生活1年目。
運命の出会いはいつになることやら。

B-Paws 中沢俊恵,CPDT-KA